お金を使わない北軽井沢でのクリエイティブな週末
東京での暮らしは、言うまでもなく「便利」の極みです。
料理中に「あ、バターが切れてる」と気づけば、火を止めてパッと買いに行ける。
スマートフォンを数回タップすれば、出来立ての料理も、明日読みたい本も、玄関のドアの前まで自動的に届きます。
「便利であること」は、現代社会において絶対的な正義ですよね。
私たちはずっと、少しでも時間を節約し、手間を省くためにお金を払ってきました。
所変わって、ここ北軽井沢はどうでしょうか。北軽井沢は完全な陸の孤島というわけではありません。エリアによっては徒歩圏内にコンビニもありますし、頼りになる地元のスーパーもあります。
けれど、北軽井沢で日々生活しているとなぜか「足りないから、今すぐ買いに行こう」という都会の反射神経が、少しずつ薄れていくのを感じます。
夜になれば外は本当の暗闇に包まれ、暖まった部屋はあまりにも居心地が良い。
たった一つの調味料のために、この静かな夜の帷を解いてまで出かける気にはなれないんですよね。
この「ちょっとした摩擦」や「良い意味でのあきらめ」が、資本主義のハイスピードな消費生活から私たちを解放し、人間本来のクリエイティビティ(創造性)を呼び覚ましてくれる、秘密のスイッチだと思うんです。
「すぐ買わない」から生まれるイノベーション
例えば、休日の夕方にシチューを作ろうとしたとします。
野菜を切り終えてから、ルーがないことに気がつく。都会なら、迷わず買いに走る場面です。北軽井沢でも、車を出せばすぐに手に入ります。
しかし、「今日はもう、家にあるものだけでなんとかしよう」と決めてみる。
すると、人は「今、目の前にあるもの」でやりくりしようと、頭をフル回転させ始めます。
「ルーの代わりに、戸棚の奥にあった小麦粉とバターでとろみをつけてみようか」
「少し味が薄いから、飲み残しのワインと、お土産でもらったハーブソルトを足してみよう」
そうやって試行錯誤して出来上がった一皿は、レシピ通りに作ったいつものシチューよりも、なぜかずっと美味しく、記憶に残る味がするんですよね。
「お金を出して正解を買う」のではなく、自分自身の力で生活をコントロールしているという静かな高揚感。制約があるからこそ、料理の工夫が引き出されるわけです。
「消費する」喜びは一瞬、「直す・作る」喜びは一生
都会にいると、休日のエンターテインメントは「消費すること」になりがちです。
ショッピングモールに行き、新しい服を買い、流行りのカフェでお金を払う。しかし、その喜びは長くは続きません。
北軽井沢での週末は、消費ではなく生産と修繕の時間です。
ウッドデッキの階段が少し軋むなら、ホームセンターで買ってきた木材の端材を切り出し、やすりをかけて自分で直してみる。庭の落ち葉を集めて、ふかふかの腐葉土を作ってみる。
自分の手を動かし、泥だらけになりながら、壊れたものを直したり、無から有を生み出したりするプロセス。そこから得られるのは、瞬発的なドーパミンではなく、深く穏やかなセロトニンのような満足感です。
「あぁ、自分は今、自分の手で『生活』を作っているのだ」という実感。これはお金では絶対に買えない贅沢です。
木の枝だけで遊び始める、子供たちの変化
この「あるもので工夫する」豊かさを、一番素直に吸収するのは子供たちです。
子供はどうしてもタブレットの動画やテレビの画面に夢中になりがちじゃないですか。
常に与えられる刺激的なコンテンツがないと、すぐに「暇だ、つまらない」と口にすることが多いと思います。
ですが、北軽井沢では、完成されたおもちゃや、派手なアトラクションは封印して欲しいと考えています。
最初は手持ち無沙汰になるかもしれませんが、森の空気に馴染むにつれて、驚くべきスピードで野生の勘を取り戻していくはずです。
ただ落ちているだけの長い木の枝が剣になったり、拾い集めた松ぼっくりがお店屋さんの通貨になる。
枯れ葉の山に飛び込み、勝手に遊び始めるかもしれません。
親が何千円もするおもちゃを買い与えなくても、大自然という究極の素材さえあれば、子供の想像力は無限に広がっていくものです。
その無邪気でクリエイティブな後ろ姿を見ていると、「便利すぎる環境は、彼らの想像する余白を奪っていたのかもしれない」とハッとさせられるかもしれませんね。
私たちは何をしているのか
都会の生活は、あらゆるものを便利にし、私たちに「有り余るほどの時間」を与えてくれました。
しかし、その節約した時間を使って、私たちは一体何をしているのでしょうか?
結局は、スマートフォンを眺め、さらなる情報を消費しているだけではないでしょうか?
北軽井沢の森では、薪を運んだり、火を起こしたり、工夫して料理を作ったりと、生活そのものに膨大な手間と時間がかかります(かけようと思えばいくらでもかけられます)。
でも、それでいいのです。手間をかけることこそが「生きること」そのものだからです。
なんでもすぐに買える生活に少し疲れを感じたら、ぜひ北軽井沢へ遊びに来てください。
自分たちの手で生活をつくり出す週末が、あなたを待っていますよ。