人生を取り戻すのは〇〇
最近よく思うんですけど、私たちは知らぬ間に、スマホに自分の時間を明け渡してますよね。
朝から晩まで通知に追われ、隙間時間もスマホを見てる。
「効率よく情報を得ている」「人とつながっている」と思ってはいても、実際には心が休まる暇もなく、いつの間にか余白を感じる余裕すら失ってしまったのではないでしょうか。
人間に本当に必要なのは、余白、精神的な余裕を感じる時間だと思うんですよね。
この余白というのは、端的にいうと「退屈・ヒマ」のことです。
今日なんだか退屈だな〜ヒマだな〜と最近思わなくないですか?
現代社会は、暇にさせてくれないんですよ。常に忙しいじゃないですか。
『そんな忙しさから、解放させてくれたのが北軽井沢』でした、という方に先日お会いしたので、「詳しく聞かせてもらっていいですか?」とお伺いし、その内容を今日は記事としてアップします。
リアルな体験談なので気付きがきっとあると思います。
ぜひ読んでみてください。
かつての私は、スマホと一体化していました。
朝、目覚ましを止めるよりも先にSNSを開き、夜は布団に潜ってもブルーライトの光を浴びながら眠りに落ちる。
気づけば一日の大半を、画面の向こう側に奪われていたのです。
何かを学んでいる気がしたし、人とつながっている気もしました。
そんな私が北軽井沢に移り住んだのは、ほんの思いつきでした。
都会の生活に疲れ、自然の中で心を落ち着けたい――そんな思いで引っ越してきたのですが、最初に待ち受けていたのは想像以上の「不便さ」でした。
・最寄りのコンビニまで車で10分。
・夜になると真っ暗で、外灯もまばら。
・Wi-Fiが安定せず、スマホが圏外になることもしばしば。最初の頃は、これが耐えられなかったんです。
SNSを開きたくても開けない。友人との連絡も途切れがち。ニュースをチェックすることすらできない。
「何もできない時間」が怖くてたまらなかったのを、今でも覚えています。
けれど、そんな強制的なデジタル断食の中で、ある夜ふと気づいたのです。
森の静けさの中で焚き火を見つめながら、ただ「ぼーっとする」自分がいることに。
スマホを触れないから仕方なく、火の揺らぎをじっと見つめる。
ただ木々のざわめきを聞き、夜空の星を眺める。
すると、不思議と心が落ち着いてきました。
「なんか暇だな」「でも昔はこんな時間、当たり前にあったよな」
忘れていた感覚を、北軽井沢が思い出させてくれたのです。
退屈は決して無駄ではありませんでした。
むしろ、私にとっては最高の思考の余白でした。
たとえば、森の中で聞こえる風の音に耳を澄ませていると、なぜか昔の記憶がよみがえる。
焚き火の炎を見ていると、これからやりたいことが浮かんでくる。
散歩の途中でふと「人間って自然の一部なんだな」と、子どものようにシンプルなことを考える。
そんな時間が、スマホ漬けだった頃には一切なかったのです。
常に情報で埋め尽くされた頭には、何も入ってこない。
でも、退屈の中で生まれた考えは、驚くほど深く、自分の内側にしっかり残っていく。
今では、スマホは便利な道具のひとつです。
もちろん完全には手放せません。仕事でも生活でも必要だから。
でも、北軽井沢での体験を通じて私は知りました。
人間にとって本当に大切なのは、情報の速さや便利さではなく、立ち止まって「退屈」を味わうことだと。
退屈は、贅沢であり、心を耕す肥料のようなもの。
もし都会で息苦しさを感じているなら、少しだけスマホから距離を置いてみてください。
きっと、忘れていた何かが静かに戻ってくるはずです。
、、、どうですか。ものすごい良いこと言ってませんか。
この方が、北軽井沢で過ごす中でわかったのは「退屈こそが心を整え、深い思考や創造を生むための余白だということ」。
スマホ漬けの毎日では絶対に得られなかった静けさと充実感が、北軽井沢にはあったと。
もしあなたが今、「毎日忙しいのに満たされない」と感じているなら、ほんの少しでいいので退屈を取り戻してみてください。
その取り戻すきっかけが北軽井沢なら嬉しいですけど、別にそうじゃなくてもいい。
電波が届かない場所に身を置くのもいいし、夜にスマホを手放して星空を見上げるだけでもいい。
きっと、あなたの中に眠っていた豊かさが顔を出すはずです。